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アングラに憧れて『すとりっぷ小屋に愛をこめて』『ストリッパー』 [ストリップの過去や読んだもの]

『すとりっぷ小屋に愛をこめて』川上譲治 2015年
(元は『さらばストリップ屋』1988年)

新宿にあったモダンアートという実験的な劇場。
そこを中心に、雇われて働いていた人が書いた本。
今は(というかもともと)写真家だそうです。

1976年にたまたまストリップ劇場で働きはじめて、
ストリップを「ショー」にしようとしていて、
アングラ演劇の要素を入れてすごく頑張っている。
特に、『ぴあ』とか、大学生が読む情報誌に掲載されて人気になることを狙ってるんだけど、
なかなかうまくいかない。

アングラとか暗黒舞踏とストリップって親和性高そうだけど、
ストリップだけ観たいお客さんが多くて、
そちらを重視しないと採算が採れない、ってことなんだろう。

日雇い労働者のための炊き出しを手伝っていたことがある夫いわく、
「お祭りで、支援者側は暗黒舞踏をよんじゃうんだけど、
日雇いのおっちゃんたちは演歌とかのほうが楽しいんだよね」
とのこと。
あるあるですな。

アングラやりたい俳優さんたちがみんなインド旅行のためにストリップやるってのも、
時代を感じさせて面白い。すごく貴重な記録。

ちなみに、ポラロイドショーはこの人がはじめたのだそうだ。
1981年、前田真理子という芸名の踊り子さん。
いかにも女子大生っぽい普通の名前をつけて、
設定も女子大生で、大人気になったらしい。
写真が載ってるけど、小顔ですらっとしてて、アイドルみたい。
しかも、写真を撮らせるだけって、むちゃくちゃ画期的!

この方はほかにもいろーんな形態のショー?を考案するんだけど、
(たとえば、本番を覗き見た映像を流す「ストトルショー」とか)
残ったのはポラロイドショーだけ、なのかな。


『ストリッパー』二代目一条さゆり
(元は『踊り子の日記』1993年)

二代目一条さゆりさん、今も振り付けや衣装製作をしているらしい。
香港映画の専門家でもあるらしい。

二代目を名乗って、一条さゆりが人気を博したローソクショーをやりますよ、
ということでデビュー。
(初代には事後に承諾を得るという、適当なところがこういう業界らしいのかな)

1986〜1993年の日記。
消費される側の踊り子さんが自分でものを書くというのは、
1980年代以降のことだろうか。
AV女優が文章書いたりというのもあった。興味深い。
それ自体、誰か研究していそう。

経営者側でも裏方でもなく、出演者側の裏話はとーっても面白い。

楽屋でいじめられる!
摘発されて牢屋がめちゃくちゃ寒い!
彼氏できたけどすぐ別れちゃった!

風営法改正の直後ぐらいの話で、
浅草ロック座が今のような形になってすぐ、ロック座所属になったりもしている。
当時は一瞬、あの広い劇場で、ソロをやってたんですね。
それがもたなくなって、構成振付を劇場側が作って、バックダンサーもつくような形式に。
(宝塚大劇場ができたときみたい。
大きすぎて御伽歌劇じゃすかすかで、パリからレビューを輸入)

この方、大学の文学部出身で、アングラに憧れて踊り子になったと。
そういうノリはすごくよくわかる。当時自分は中高生だったけど、
なんかかっこよく思えたんですよね。ああいうの。

でも、昭和天皇が死んだあと、
劇場が喪に服さなかったことをと非難しているのには、驚いた。
アングラ=アンダーグラウンド=地下組織=反体制、ではないですか。本来。
この人にとってのアングラは、イメージとしてのアングラのようだ。


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